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「エコテロリスト」とは誰か――過激化する環境活動家とその取り締まりの限界

六辻彰二国際政治学者
(写真:ロイター/アフロ)
  • 欧米では地球温暖化対策が不十分と訴える活動家による抗議活動が過激化している。
  • これに対してメディアでは「エコテロリズム」といった用語が流布している。
  • しかし、環境保護のために過激な手段を用いているとしても、そのほとんどはテロリストと呼びにくいが、このまま社会と隔絶し続ければ環境テロが本格化する恐れが大きい。

 欧米では環境活動家の過激化を「エコテロリズム」と表現することが増えている。

ブランデンブルク門を毀損したのは

 ドイツの首都ベルリンで9月17日、環境団体「ラスト・ジェネレーション」の活動家がブランデンブルク門をスプレーで着色し、警察は14人を拘束した。1791年に完成したブランデンブルク門はベルリンのシンボルである。

 現場の動画をSNSに掲載したラスト・ジェネレーションは「政治変革の時がきた」と高らかに叫んだ。

 ラスト・ジェネレーションはドイツをはじめヨーロッパ各国で拡大しており、環境意識の高い若年層を中心にするとみられる。

 そのほとんどは自国政府の温暖化対策を不十分と批判し、2030年までに化石燃料の使用を終わらせることを主張している。これは国際的な目標より遥かに高い水準だ

 こうした主張のもと、ラスト・ジェネレーションはしばしば幹線道路で座り込んだり、航空機の離発着を妨害したりするなど、人目をひく活動を行ってきた。そこには温室効果ガスの主な排出源である自動車や飛行機の使用が、ほとんど規制されていないことへの批判がある。

 ラスト・ジェネレーションはドイツ以外でも、例えばイタリアでは観光名所のトレビの泉で黒い液体を撒くなど、文化財を標的にした抗議活動が目立つ。注目を集めて、温暖化対策を加速させる世論を喚起しようというのだろう。

「エコテロリズム」批判の高まり

 しかし、当然のようにこうした活動への批判もある。

 文化財の毀損に対して、イタリア当局は10,000〜60,000ユーロ(約150〜950万円)の罰金を科す構えだ。

 ドイツでもブランデンブルク門のあるベルリンのウェグナー市長は表現の自由を尊重すると断った上で「こうした活動は文化財だけでなく、我々の未来にかかわる重大な問題に関する議論をも傷つける」と述べた。

 道路封鎖に関しても同じで、座り込んだ活動家たちはしばしば警官だけでなくドライバーとも悶着を引き起こしており、ドイツのショルツ首相は5月、「何の解決の役にも立たない行動だと思う」「完全に馬鹿げている」と批判した。

 ドイツ警察は5月、全国15カ所に一斉に踏み込み、パイプラインへの妨害活動を計画していた容疑などでラスト・ジェネレーション活動家7人が逮捕された。

 ウクライナ侵攻後に高騰する天然ガスの需要を満たすため、ドイツ政府は北海海底で新たなガス田開発を検討しているが、ラスト・ジェネレーションはこれに反対し、4月末に活動家が5カ所のパイプラインを手動で停止させていた。

 こうした過激な活動を行う団体はラスト・ジェネレーションだけでなく、欧米メディアではエコテロリズム、気候テロといった用語も定着している

「テロリズム」なのか

 道路封鎖や文化財の毀損が迷惑行為、不法行為であることは間違いない。「エコテロリズム」という用語がキャッチーで、メディア受けすることも確かだ。

 ただし、実際にテロと呼べるのか、あるいはその呼称が妥当なのかは疑問である。テロと呼ぶには実際の行為があまりに不釣り合いだからだ。

 文化財の毀損は容認できないし、修復費用の請求も妥当だろう。

 バンダリズム(公共物とりわけ一般的に高く評価されている建造物や文化財の破壊)はテロの一つと認知されている。その意味で、ラスト・ジェネレーションなどによる文化財攻撃は、アフガンのイスラーム組織「タリバン」が行ったバーミヤン仏教遺跡の爆破や、欧米でしばしば発生するユダヤ教徒の墓石の破壊と、毀損の程度に差はあれ、本質的には同じだ。

 しかし、それを除けば、環境活動家による直接行動の損害や影響が「テロ」と呼ぶに値するかは疑問だ。例えば、そのパイプラインや発電所などへの不法侵入のほとんどが操業・建設の中止を求めるものだ。

 これに対して、イスラーム過激派や極右過激派にはインフラの破壊を目指すものも少なくない。とりわけアメリカでは「腐敗した体制をひっくり返す内戦」を目指す極右過激派による事件(未遂を含む)が増加している。

 極右組織「アトムワーヘン分隊」創設者ブランドン・ラッセルは2017年に爆発物所持の容疑で逮捕されたが、公判ではユダヤ教のシナゴーグや送電線とともに原子力発電所までも標的にした爆破計画が明らかになった。極右によるこうした事件はアメリカだけで2020〜2022年に14件発生した。

 武器を持たずにパイプライン施設に新入し、自分の手でバルブを締めようとしたラスト・ジェネレーションの活動家とはだいぶ異なる。

「テロ」の認知の重み

 環境団体のなかでも、テロリストと呼ぶに相応しいものはある。

 アメリカを本拠地とする地球解放戦線(ELF)2001年頃からエネルギー企業などに対する爆破事件(未遂を含む)をしばしば引き起こし、アメリカ政府から国内テロ組織に指定されているようなものもある。

 しかし、少なくともラスト・ジェネレーションのように昨今メディアの注目を集める団体の活動のほとんどは、文化財毀損を除くと威力業務妨害に当たるとしても破壊活動とは呼べない

 そもそもテロリズムとは政治的信条に基づく暴力だが、基本的に殺人、集団での襲撃、誘拐、放火・爆破といった、人間の生命・安全にかかわる破壊活動を組織的、継続的に行うものを指す(逆に、破壊活動に政治的目標や主張がない通り魔やサイコパスなどはテロリストと呼びにくい)。

 極右でもヘイトスピーチを繰り返すだけなら過激派と認知されてもテロリストとは呼ばれない。アメリカ大使館の前で星条旗を燃やすイスラーム主義者も、過激派ではあるだろうが、それだけならテロリストではない。

 社会にとって著しく危険と認知されるからこそ、公的機関はテロリストに対して日常的な監視、逮捕、資産凍結、組織の解散といった厳しい対応を行える。

 テロの呼称にはそれだけの重みがある。

 ラスト・ジェネレーションなどの直接行動の多くは、そこまでの深刻さがない。端的にいえば、誰も殺されていない。

 道路封鎖をする活動家は、ほぼ無抵抗のまま警官などに強制的に運ばれることがほとんどだ。この点だけなら、インド独立運動におけるマハトマ・ガンジーや公民権運動におけるキング牧師らの非暴力路線に近い(後に広く賞賛される彼らも当時「テロリスト」と呼ばれた)。

 少なくとも、環境過激派のほとんどは対立者への暴力を誇示してきたアルカイダやKKK(アメリカの白人至上主義団体のルーツの一つ)と異なる。

解散命令は有効か

 だからこそ、エコテロリズムや気候テロといった呼称がメディアで流布しても、環境過激派を正式にテロリストと扱うことは各国政府にとって難しい。

 その一例としてフランスを取り上げよう。

 フランス政府は6月21日、環境保護団体「地球の反乱(SLT)」に解散命令を出した。その前日、SLTメンバー18人が逮捕され、ジェラール・ダルマニ内務大臣は「集団的な暴力は容認されない」と主張した。

 そもそもラスト・ジェネレーションは確固たる組織ではなく、ネット上で結びついた緩やかなネットワークである。

 そのため「解散命令」そのものがシンボリックなものだが、それでもマクロン政権が環境団体を違法化したのは初めてのことで注目を集めた

 フランスでは3月、西部サン・ソリーヌで地下水を大規模に汲み上げて作られた貯水池に反対する約5,000人のデモ隊が3,000人の警官と衝突した。フランス政府はこの衝突で30人の警官が負傷したと発表したが、デモ隊の側について詳細は明らかでない。

SLTはこのデモの主催団体の一つで、国外からも参加者を募っていた。

 SLTはこれ以外にも、イタリアと結ぶ新たな高速鉄道の建設に反対する違法デモ計画や、フランスを代表する建設企業の一つラファージュのセメント工場における器物損壊などの容疑がもたれている。

 ところが、こうした理由からフランス政府が出した解散命令は、8月に裁判所によって停止された行政裁判所は政府の解散命令が結社の自由に抵触するため慎重である必要を指摘し、SLTが暴力を煽動している証拠を内務省が十分示していないと判断したのだ。

 この問題に関しては、国連の専門家会議も「警察がゴム弾や催涙ガスを使用するなど過度な取り締まりを行ったことが衝突を加熱させた」と指摘し、フランス政府による判断に懸念を示している。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチも同様の指摘をしている。

過大評価も過小評価もできない

 ネブラスカ・オマハ大学のエリザベス・チェレキ教授は「環境活動家に‘テロリスト’のラベルを貼ることは政府にとって便利な近道だ。彼らの動機づけや懸念を考慮しないまま、犯罪者として逮捕できるからだ」と指摘する。

 この視点からすれば、フランス政府は政府に批判的なグループをテロリストにすることで取り締まり、結果的にマクロン政権の温暖化対策の遅れをカモフラージュしたことになる。

 裁判所命令を受けて、フランス政府による「解散命令」は宙ぶらりんのままである。

 ただし、環境過激派のリスクを過大評価するべきでないとしても、過小評価するべきでもない。

 先述のチェレキ教授は「環境活動家が過激化する様子は、テロが生まれる典型的なパターン」とも指摘する。

 ほとんどのテロは政治に無視され、社会的に封じ込められるなか、暴力的な反動として登場しており、このままではエコテロリズムが本格化する可能性がある、というのだ。

 実際、中東でイスラーム過激派によるテロが急速に増えたのは1990年代だが、これは湾岸戦争(1991年)をきっかけに市民レベルで反米世論が噴き上がるなか、中東各国のほとんどの政府が外交的判断を優先させてアメリカに協力的な態度を示し、むしろイスラームの大義を掲げる集団が弾圧されたことを背景とした。

 欧米で外国人や有色人種を標的とする極右テロが急増したのは2000年代末頃からだが、これは2008年のリーマンショックでグローバルな金融・経済に大きな問題があることが判明したにもかかわらず、各国が基本的に既定路線を維持し、それ以前から格差などに直面し、反グローバル化を訴えていたグループが黙殺された時期に符合する。

 この視点からみれば、チェレキ教授の指摘は相応の説得力がある。

 (筆者自身を含めて)ほとんどの人は自分の生活を優先しがちだ。地球温暖化が重大な問題だと思っていても、そのために道路封鎖をする団体を積極的に支持する人は多くないだろう。

 さらに、経済状況やエネルギー事情を考えれば、現状を上回るペースで地球温暖化対策を進めることは不可能に近い。

 つまり、ラスト・ジェネレーションなどの社会的認知が高まる見込みも、その要求が実現する見込みも、限りなく乏しい。

 こうした状況のもと、便利な「テロリスト」の語だけが定着すれば、環境過激派の疎外感が強まり、ますます先鋭化させかねない。それは本物のテロリストを引き寄せる転機にもなり得るのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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